ローマの休日50周年記念 デジタルマスター版

サイト画像

1989年にユニセフ親善大使就任 親善大使として・・

オードリー・ヘプバーンのユニセフでの活動

ユニセフ親善大使に就任したオードリーは、干ばつと内戦により、飢餓に苦しんでいるエチオピアをはじめ、様々な地域を訪問しました。また啓発運動にも多大な貢献をしています。トルコのポリオ予防プロジェクト・ベネズエラでの女性自立支援・エクアドルのストリートチルドレンの為の支援プロジェクト・グァテマラやホンジュラスでの安全な水の提供、そしてエルサルバドルでのラジオ識字プロジェクトなどなど・・・・
実際に彼女自身も足を運び、バングラデシュの学校を訪問したり、タイの貧困の中にクラス子どもたちの為のプロジェクトやベトナムでの栄養改善プロジェクトを視察したり・・・スーダンの避難民キャンプの子どもたちにも出会いました。
ユニセフでの彼女の写真は、どんな場所でも子供たちに囲まれています。オードリーが大の子ども好きもあるでしょうが、彼女のもつ暖かさに子どもたちが自然に引き寄せられていったかもしれません。

ユニセフの活動を通して、オードリーは言葉を残していますので、こちらも紹介させていただきますね。

世界旅行に行きたい!

「わたしは、ユニセフが子どもにとって どんな存在なのか、はっきり証言できます。
なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた 子どもの一人だったのですから」

1989年の親善大使就任インタビューの際の言葉

「私達は自分自身の子どもを思いやります。
何かの危機に直面したときも、事故や病気に見舞われたときも。そして回復するまでの長い時間もケアしつづけるものです。
もし、私達が自分の子どもたちに対してできることならば、ここで何を言わず耐え忍んでいる子どもたちに対しても同じことをできるはずだと信じています。」

「もし、人びとが支援していないとすれば、そうしたくないからではなく、(支援が必要だということを)知らないからだと思います。

1988年 エチオピアでの言葉

ユニセフの使命はすべての子どもを飢えや渇き、病気、虐待、そして死から守ることです。しかし、今日、私達ははるかに大きな脅威と立ち向かわなければならなくなりました。それは人間の人間に対する残酷さ、非情さです。
人間性の暗い側面、わがまま、強欲、不幸、そんなものが、私達の空を汚し、空っぽの海にし、森を破壊し、何万もの美しい動物を絶滅に追い込みました。次は私達のこどもなのでしょうか?
私達ができないことはたくさんあります。子どもたちに死んでしまった親を生き返らせてあげるなんてできません。でも、私達には、子供たちに、もっとも基本的な権利を返してあげることができます。健康に生き、優しさの中に生きるその権利を。

1989年 ユニセフ本部での言葉

昨日、私はとても山奥の農村に行きました。あまりに遠いので足を踏み入れた人はほんのわずかです。けれど、そこは他と違い、農村ではありましたが、決して忘れ去られてはいませんでした。そのようすには本当に勇気付けられました。なぜって、村には保健センターがあり、女性のための教育センターがあり、そして学校があったのです。もちろん、足りないものはたくさんあります。学校には本も足りません。でもユニセフが何とか届けようとしています。薬も足りません。これもユニセフが提供しようと努力しています。確かにそこには仕組みがありました。資金がたりないということはありましょう。でもそれは意思が足りないということではありません。私達の国はどうでしょう。資金はあるのに、必ずしも人間の意志が十分ではないということがありますね。

1990年 ベトナムでの言葉

ユニセフの仕事で世界中を回るなかで、わたしは子どもたちを脅かすたくさんの病気を見てきました。エイズ、この病気はごく最近見たものです。一人の親として、エイズは子どもたちに伝えるには難しい病気だと理解しています。けれど、もし、私達が子どもたちにHIV感染から身を守る情報という鎧をまとわせてあげられなければ、もっとも愛しい子どもたちを、恐ろしい、そして不必要な感染の危険にさらすことになるのです。もちろんご承知のことでしょうが、エイズ教育は性教育と切り離せません。驚かれるかもしれませんが、子どもに情報を与えるのに最良の時期は、思春期の前。感染の危険に遭うかもしれないそんな行為について考えたこともないような時期なのです。なぜって、おとなが許すも許さないも、思春期の子どもたちは性行為に走ってしまうものなのですから。

1992年 

40万人のソマリア人がキャンプにいます。戦火と飢えを逃れて。それは、本当の地獄です。なぜって、そこにはあまりにも助けが少ないからです。雨が降り始めました。どこから見つけてきたのか、ダンボールやプラスチックの切れ端や枝で作られただけの小さな小屋。今朝は雨でたくさん死んだ、という知らせを聞くかもしれません。二晩前、食糧配給センターでは60人が亡くなりました。雨のせいで、昨夜、その数は100人を超えてしまいました。寒さと雨の中では、人びとは本当にか弱いものなのです。

1992年 ソマリアでの言葉

飢えるということ、奪われるということ、これがどんなことを意味するのか分からない方もいると思います。私もアフリカで死の淵にある子どもを見るまで考えませんでした。私の周りにいつもあったもの、きっと生まれたときからずっとでしょう、それは、大きな人びとの愛です。子どもたちです。小さい頃から、子どもたちが大好きでした。市場で乳母車の赤ちゃんをだっこしようとして、いつも母を困らせたものです。私が人生で夢見たことのひとつは、自分自身の子どもを持つことでした。いつも突き詰めると同じところに帰ってきます。それは、愛をうけるだけではなく、私自身がだれかに愛を与えたい、というどうしようもない渇望でした。

飢餓と紛争が何百万もの親を殺してきました。子どもたちは、母と父だけが与えられるケアも愛情も安全も奪われて生きています。なぜ?この子どもたちを守ることができる、それは安価な方法が、確かにあるのに。リーダーの方、誰かの親である方、若者たち、どうか、自分の子ども時代を思い起こしてください。そして、このように恐ろしい人生のスタートを切らざるを得なかった子供たちを助けに来てください。なぜって、彼らは子どもなのだから。すべての子どもは健康に育ち、教育と保護を受け、そして優しさの中に生きる権利を持っているのです。

今の時代でも、スクリーンで見るヘプバーンの姿は、これからも永遠の妖精としては色あせることはないでしょう。またオードリー・ヘプバーンが熱心に行動していたのユニセフ大使としての活躍は、これから先もハリウッドの女優の手本となるでしょう。

ヘップバーンスタイルを極める!

2013 roman-holiday.jp