ローマの休日50周年記念 デジタルマスター版

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ローマの休日の舞台を巡る遺跡と場面 その2

フォロ・ロマーノ(セッティミオ・セヴェーロ凱旋門)

ポーカーに負けて所持金が5000リラになった新聞記者のジョーは、石段に横になって寝言を言っているアン王女を見つます。アン王女は古代遺跡が見える街路にたどり着き、眠ってしまっていたのです。
ジョーは、アン王女をタクシーで家まで送っていこうと考えるが、家の場所を尋ねても「コロッセオ」という答えが返ってくるだけでした。行き先を聞き出せないことがわかると、ジョーはマルグッタ通り51番地という自分のアパートの住所を運転手に告げます。
アン王女とジョーが出会うシーンは、フォロ・ロマーノの近くで撮影されました。ジョーが歩いてくるシーンの背景には、古代ローマ神殿の遺跡が映されている。サトゥルノ神殿とヴェスパシアーノ神殿です。残念ながら、ジョーが歩いた道は現在、見つけることができません。この道は、フォロ・ロマーノの発掘とその周辺の街路整備の際に消失してしまいました。したがって、アン王女が寝ていた石段も今はなくなってしまいました。
アン王女の背後に映されていた古代遺跡は、セッティミオ・セヴェーロ凱旋門です。この凱旋門は、パルティア戦役に勝利したセプティミウス・セウェルス帝(193―211年)および2人の息子のカラカラとゲタを称えるために、202年から203年にかけて建設されたものです。凱旋門のレリーフには、パルティア戦役におけるローマ軍の出発、皇帝の演説、都市の陥落などの光景が描かれています。

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マルグッタ通り

アン王女とジョーを乗せたタクシーは、マルグッタ通り51番地の前に停車します。ジョーは運転手に料金を支払った後、チップを渡して彼女を送るように言い、車を降りましたが、イタリア人の運転手はあわててジョーを引き留め、片言の英語で彼女をおいていかないように言いますが、ジョーは立ち去ろうとします。しかし、運転手が彼女を警察に引き渡すと言うと、かわいそうに思ったのか、ジョーは王女を、自分の部屋に連れて行くことします。
翌日、ジョーは正午を告げる鐘の音を聞き、あわてて目を覚まします。11時45分から始まるアン王女の記者会見に行く予定だったからです。この時点で、ジョーはまだ、自分の部屋に泊めた娘がアン王女だということを知りません。

ジョーが目を覚ますシーンで映された美しい時計塔は、ジョーがカーテンを開けて窓の外を見る場面の直後にも映されているので、アパートから見えるという設定ですが、実際にはジョーのアパートから、この時計塔を見ることはできません。時計塔はマルグッタ通りから少し離れたオロロージョ広場にあります。時計塔は、17世紀に建築家フランチェスコ・ボッロミーニによって建設されたもので、時計の下にはピエトロ・ダ・コルトーナによって制作された美しいモザイクが設置されている。

目を覚ましたジョーは、アメリカン・ニュース社のオフィスに行き、アン王女の記者会見が中止になったことと、自分の部屋で寝ている娘がアン王女であることを知ります。そして、王女の写真付き特ダネに対して5000ドルの報酬を受け取るという約束を支局長と交わしてオフィスを出ました。
なお、新聞社のオフィスがあったのは、コルソ通りのコロンナ広場付近です。ジョーがタクシーを降りるシーンに、16世紀後半に広場に設置された噴水が映されています。

ジョーが部屋に戻った時、アン王女はまだ長椅子で眠っていました。ジョーは王女を抱いて、ベッドの上に運ぶが、その時、パトカーがサイレンを鳴らしながらアパートの近くを通り過ぎたので、王女が目を覚まします。アン王女は、ジョーに手を借りて体を起こし、クッションに寄りかかって座ります。ここで初めて2人は自己紹介する。アン王女は、「アーニャ」と名乗ります。
アン王女はシャワーを浴びて着替えた後、ジョーから1000リラを借りてアパートを出ていきます。そして、ローマの街を散策することにします。

ジョーのアパートがあったマルグッタ通りは、アーティスト地区として有名です。
スペイン広場からもポポロ広場からもすぐ近くの場所とは思えないほど、とても静かでエレガントな雰囲気です。そして隠れ家のようなストリートでいて流行りのレストランなどもあるスノッブな通りでもあります。また、映画ストリートでもあります。この通り沿いの中庭でオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックの「ローマの休日」が撮影されました。映画監督故フェッリーニも、妻の故ジュリエッタ・マッシーナと一緒にこの通りの散歩を好み、近くのポポロ広場にあるカフェに通ったものでした。この通りの110番地には、一時そこに住んでいたフェッリーニに捧げた「記念プレート」が置かれています。
このマルグッタ通りは1600年代から1700年代には、オランダ人やフランドル人移民者のコロニーのある地域でした。そして彼らの描いたローマの風景画によって、まさにローマのたぐい稀な美しさに対する賞賛が全ヨーロッパレベルに広がったのです。その後時代を経て、ネオクラシック様式の代表的彫刻家カノーヴァもこのマルグッタ通りを、彼のSTUDIOの場所として選びました。さらにはパブロ・ピカソは1917年2月17日にジャン・コクトーとともにローマにつき、マルグッタ通り53B番地のアトリエに住み、このアトリエで彼の傑作のいくつかを創作したのでした。
現在でもアーティスト地区らしく、「マルグッタ通りの画家100人展 100 Pittori di Via Margutta」を毎年秋に開催しています。
第二次世界大戦後直後の1953年に、この通りに生命と色どりを与えるために何人かの画家の自発的企画でスタートした展覧会は、その後時間を経て大きく発展し、現在では毎年、秋10月に開催される恒例行事として定着するにいたっています。世界中からアートファンや好奇心まんまんの野次馬が集まってくる展覧会となり、この通りは作品1000点以上が展示されるオープン・ギャラリーと化します。

青空市場とトレヴィの泉

アン王女は、仮設店舗が建ち並ぶ青空市場にたどり着きます。この街路は、人の往来が多く、活気で満ちあふれている。市場では野菜や果物や魚が売られているます。
青空市場の雰囲気を楽しみながら歩くアン王女は、靴屋のおばさんに声を掛けられて、足を止めました。そして、おばさんが勧めるサンダルを履いてみます。そのサンダルを気に入った王女は、ジョーから借りたお金で買うことにする。こうしてアン王女が青空市場を散策している間も、ジョーは特ダネを狙って彼女のあとをつけていきます。

青空市場のシーンが撮影されたのは、ボッカ・ディ・レオーネ通りとその周辺の街路ですが、今でもカンポ・デイ・フィオリをはじめとするいくつかの広場で青空市場のシーンが撮影されたのは、ボッカ・ディ・レオーネ通りとその周辺の街路ですが、現在のローマの中心街では、「ローマの休日」に映されているほどの大規模な市場を見つけるのは難しいです。

さて、次にアン王女が訪れたのは、トレヴィの泉です。彼女は広場の入口付近で1度立ち止まり、壮麗なモニュメントを少し眺めた後、すぐに歩き始めてしまう。
そして、アン王女は美容院を見つけます。店頭には鏡があり、その周りにショートカットの女性のイラストが貼られています。アン王女が鏡で自分の長い髪を眺めていると、ショートカットにした女性が美容院から出てくる。それを見た王女は髪を切ることを決心するのでした。ここで、ヘプバーン・カットが生まれます。(前髪は毛先をそったストレート。サイドの毛はバックのほうにぴったりと流し、 バックはえり足いっぱいにカット)
髪を切った後、ショートカットがよく似合っているアン王女に、美容師は驚いた様子。美容師は王女をサンタンジェロ城の船上ダンス・パーティーに誘います。「月光と音楽、ロマンス…」といった片言の英語で誘うが、王女はそれを断ります。しかし、美容師は諦めきれず、自分は8時過ぎにパーティーに行くと彼女に伝えます。
アン王女はトレヴィの泉の横をすぐに通り過ぎてしまいますが、王女が髪を切っている間、ジョーが電話をかけたり、子供にカメラを借りようとしたりするシーンで、トレヴィの泉はたびたび映されています。

現在、見ることができるトレヴィの泉は1732年から1762年にかけて建設されたものです。
長い歴史を持つトレヴィの泉は、言い伝えがあります。後ろ向きにコインを泉へ投げ入れると願いが叶うという言い伝えです。投げるコインの枚数によって願いが異なるといわれています。コイン1枚だと再びローマに来ることができ、2枚では大切な人と永遠に一緒にいることができ、3枚になると恋人や夫・妻と別れることができると言い伝えです。3枚の願いはキリスト教が離婚を禁止していたという歴史の名残りだと考えられています。

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