ローマの休日50周年記念 デジタルマスター版

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ローマの休日の舞台を巡る遺跡と場面 その5

サンタンジェロ城

アン王女とジョーは、ダンス・パーティー会場に到着します。会場はすでにオーケストラの演奏で盛り上がっていました。会場になっている船はサンタンジェロ橋のたもと付近に浮かべられています

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ダンス・パーティー会場の背景に映されていたのは、サンタンジェロ城。サンタンジェロ城は、ハドリアヌス帝が霊廟として建設を開始し、アントニヌス・ピウス帝(138―161年)の治世に完成しました。霊廟には、ハドリアヌス帝のほかに、アントニヌス・ピウス帝、マルクス・アウレリウス帝、セプティミウス・セウェルス帝、ゲタ帝、カラカラ帝も埋葬されています。さらに、法王パウルス5世(1605―1621年)の治世には、要塞の周囲に五角形の稜堡が築かれました。また、1753年には、サンタンジェロ城の天使の像が、ピエール・ファン・ヴェルシャフェルトによって制作されたブロンズ像に取り換えられています。
ダンス・パーティーのシーンでは、城の前に架かっている橋も映されていますが、サンタンジェロ橋は2世紀にハドリアヌス帝の霊廟とローマの市街地を結ぶ連絡路として建設されたものです。

さて、パーティー会場を訪れたアン王女とジョーは、オーケストラの演奏に合わせて踊りはじます。しかし、会場には、アン王女の母国から派遣された2人の黒服の男が見張っていました。彼らは仲間を集め始める。アン王女はジョーとダンスを楽しんだ後、彼女をダンス・パーティーに誘った美容師と踊りはじめますが、その間に、黒服の男たちがダンス・パーティー会場に集まってきました。そして、新たな曲が始まると、黒服の男の1人がアン王女をダンスに誘います。男は王女に大使館に戻るように言い、むりやり連れて行ことしますが、王女はジョーに助けを求め、船上で大乱闘が始まりました。
アン王女も奮闘します。黒服の男の1人がジョーを殴り倒したのを見ると、すかさず、花瓶のようなもので、その男を殴ったのです。続いて、ジョーに殴りかかる黒服の男の頭を、これまた近くに置いてあったギターで殴ります。やがて、数台のパトカーがダンス・パーティー会場に到着。それに気がついたアン王女とジョーは、会場から逃げ出そうと試みますが、待ち伏せしていた黒服の男がジョーを殴り、川に転落させてしまいます。それを見たアン王女は、ジョーを追って川に飛び込みます!その後、アン王女とジョーは、橋のたもと付近に泳ぎ着きました。びしょ濡れになった2人は岸に上がり、体を寄せ合い、キスをするのでした。

このキス・シーンが撮影されたのは、サンタンジェロ橋より少し下流に架かるヴィットリオ・エマヌエーレ2世橋のたもとです。この橋は、イタリアを統一した初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世(1861―1878年)に捧げられた橋です。1886年に建築家エンニオ・デ・ロッシによって計画されたが、落成されたのは1911年のことです。これは、イタリア統一の50周年記念に合わせらた結果です。

コロンナ宮

アン王女は、マルグッタ通りのジョーのアパートへと戻り、服を乾かしたあと、ジョーが運転する車で大使館の前までやって来ます。ジョーとアン王女は別れを惜しみ抱き合います。王女は涙を流して、しばらくジョーに抱きついていました。しかし、王女は車を降り、門のほうに向かって走っていきます。彼女の姿が見えなくなると、ジョーも車で大使館を走り去ります。

このシーンでは、再びバルベリーニ宮の正門が映されています。1864年に建築家フランチェスコ・アッズッリによって建設された正門。ここで、アン王女は車を降りラセッラ通りを走ってバルベリーニ宮へ向かいました。

翌日、延期されていたアン王女の記者会見が開かれました。会場となった部屋の壁は豪華な額縁に入れられた絵画でうめ尽くされています。

記者会見のシーンはコロンナ宮の大広間で撮影されました。コロンナ宮は、ローマの有力貴族コロンナ家出身の法王マルティヌス5世(1417―1431年)の治世に建てられ、その後コロンナ家が収集した美術品コレクションを置く目的で、1650年から1703年にかけて改築されました。

「ローマの休日」のラストシーンで使われたのは「サラ・グランデ」と呼ばれる大広間。この大広間の天井には、1675年から1678年にかけてジョヴァンニ・コーリとフィリッポ・ゲラルディによって描かれた壮麗な天井画があります。これは、コロンナ一族のマルカントーニオ・コロンナが司令官を務めた、1571年のレパント海戦の様子を描いたフレスコ画です。

アン王女は、コロンナ宮の大広間の高座に置かれた椅子に座ります。記者団の最前列に、ジョーとアービングも来ています。アン王女は椅子に座り、記者たちの質問に答えます。

「どの都市が1番お気に召しましたか」という記者の質問に、アン王女は「どこにもそれぞれ、よい場所があり」と用意された返答の言葉を話しはじめるが、途中でやめます。そして、自分で選んだ言葉ではっきりと述べるのでした。

「ローマです。何といってもローマです。私はこの街の思い出をいつまでも懐かしむでしょう。」

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